近年、デザイン思考やデザイン経営が広がる中で、「デザイン人材」という言葉が注目されています。しかし、「デザイン人材」とは具体的にどのような特徴を持ち、他の専門性を持つ「非デザイン人材」とは何が異なるのでしょうか?本記事では、デザイン人材とは何かを明確にし、非デザイン人材との違いを整理しながら、それぞれが持つ強みと協働の重要性について詳しく解説していきます。ナイジェル・クロスによるデザイナー的思考法の特徴整理デザイン思考の特徴を理解するためには、科学的思考との違いを整理することが有効です。ナイジェル・クロス(1982)はデザイナー特有の問題解決手法を分析し、デザイン思考は解の仮説(コンセプト)を先行して立て、それを検証しつつ問題の再定義を行うと指摘しています。これはハーバート・サイモンの提唱した「満足化(サティスフィシング)」戦略(1969)にも近く、複数の満足できる解を生み出しながら進める姿勢です。また、デザイン思考では問題と解決策が同時に進行し、お互いに影響を与え合います。このプロセスは、問題自体が明確に定義されていない場合に特に効果的であり、仮説を立てることで初めて深く理解される問題も多く存在します。一方、科学的思考は徹底した問題分析から始まり、客観的・定量的な情報を用いて原因や要因を特定し、その後に最適な解決策を導出します。この思考法では不確実性を極力排除し、明確な情報に基づいて推論が行われます。デザイン思考の仮説的(アブダクティブ)推論に対して、科学的思考では主に演繹的および帰納的な推論形式が用いられ、証拠に基づいて論理的に結論を導きます。さらに、科学的思考は言語、数式、統計といった分析的・記述的手段を多用するのに対し、デザイン思考はスケッチやプロトタイプなど非言語的・視覚的手段を好んで使います(Cross, 1982)。デザイナー的思考法に関する実践・実証研究こうした両者の違いを踏まえつつ、ブライアン・ローソン(1979)の研究では、デザイン教育の有無が問題解決スタイルに及ぼす影響が指摘されています。彼は建築学生と工学学生の比較実験を通じて、建築学生が教育を経ることで「解中心」の問題解決戦略を身につけることを示しました。また、BolandとCollopy(2004)も経営学の文脈で、問題の再構成や新たな解の創出を重視する「デザイン態度」と、与えられた選択肢から最善のものを選ぶ「意思決定態度」を比較し、前者の重要性を指摘しています。さらに、青山ら(2023)はデザイン態度測定ツール(DAM)を用いて、デザイン態度の要素として「実験主義」「楽観主義」「可視化への信頼」「協調」「共感」の5項目を定量化し、職種ごとの違いを明らかにしようと試みたものあります。本活用報告の結果からは、組織のデザイン能力を評価することは、個人のデザイン態度を平均化した形になり、優位な差を確認することが難しい結果であったことが報告されています。一方で、個人の多様な違いを分析することへの可能性があることが示されました(青山・後藤, 2023)。高度デザイン人材という概念の整理高度デザイン人材とは、デザインを武器にビジネスや社会の課題を創造的に解決するプロフェッショナルです(経済産業省, 2018)。人間中心デザインやプロトタイピングなど高度なデザイン手法に加え、マーケティングや経営戦略といったビジネス知識を兼ね備えている点が特徴とされています(経済産業省, 2018)。また、ユーザー視点で潜在ニーズを発見し、新価値を提案する発想力や、異分野のチームを率いて共創するリーダーシップも不可欠とされます(経済産業省, 2018)。たとえばサービスデザイナーやビジネスデザイナーなどは、共感や未来志向を活かし、反復的な実験と視覚化を通じてイノベーションやブランド価値を生み出していきます(経済産業省, 2018)。その結果、非デザイン人材とは異なるアプローチで課題発見から解決までをリードできる点が、大きな強みといわれています(経済産業省, 2018)。デザイン人材と非デザイン人材の比較ここまでの議論を元にデザイン人材と非デザイン人材の特徴を比較するテーブルを整理します。以下に、デザイン人材と非デザイン人材の主な特徴を比較した表を示します。観点デザイン人材非デザイン人材問題へのアプローチ解決策(仮説)を先行しながら問題を再定義するアプローチ問題分析を先行し、問題を明確化・構造化してから解を導出するアプローチ問題と解決策の関係問題と解決策が同時進行で相互作用する構造問題を明確化してから解決策を導出するため、基本的には連続的に進行する構造不確実性への態度曖昧さや不確実性を受容し、柔軟かつ前向きに対応する姿勢曖昧さを排除し、明確な情報に基づいて対応する姿勢推論形式仮説的(アブダクティブ)推論を多用する方法演繹的・帰納的推論を主に用いる方法思考の媒体スケッチ・プロトタイプなど非言語的・視覚的手段を好む傾向言語、数値、データなど分析的手段を好む傾向初期アイデアへの態度初期アイデアを粘り強く磨き上げる姿勢検証結果次第で柔軟に変更する姿勢ユーザー視点・共感力ユーザーやステークホルダーへの共感を重視するアプローチ技術的・経済的合理性を重視するアプローチリーダーシップ組織内外のメンバーを巻き込み、共感を起点に新たな価値創出を推進するリーダーシップ。特に高度デザイン人材はビジョンを提示し、チームの創造性を引き出す役割役割分担と計画性を重視し、効率的かつ安定的に組織を運営するリーダーシップ。共感や創造性への働きかけは相対的に少ない傾向Cross, Lowson, 青山、経済産業省らを参考に筆者作成なぜ今、デザインが必要なのか? - 歴史的背景から流れを整理するで紹介した、新しいリーダシップのモデル(本村、2025)からこの比較表を捉えると、非デザイン人材は当たり前ですが、デザイン人材が持つ「デザイナー的な思考方法(Designerly ways of knowing)」を発揮できていない、または、その思考モードを積極的に活用できていない存在だと捉えることができます。デザイン教育を受けていない人材によるデザイン実践の可能性デザインの実践は、必ずしも専門的なデザイン教育を受けた人材の専売特許ではありません。エツィオ・マンツィーニ(Manzini, 2015; 2019)は、「誰もがデザインできる(Everybody designs)」という視点を提示し、市民やユーザー自身が日常生活の中で主体的にデザイン活動を行う可能性を強調しています。彼の考えは、地域の人々が主体的に社会的課題に対処し、ソーシャルイノベーションを推進する活動において重要な役割を果たすことを示しています。また、上平崇仁(2020)の「コ・デザイン(協働デザイン)」の概念では、専門的なデザイナーと一般の人々が協働し、互いの知識やスキルを共有しながらデザインを行うことが提唱されています。このような協働型のデザイン活動は、デザイン教育を受けていない人々もデザインプロセスに参画できるよう促し、多様な視点やアイデアを融合することで創造的な解決策を生み出す可能性を広げています。ローソン(1979)の研究からも、デザインスキルが後天的に開発可能であることが示されています。また、デザインの非デザイナー向けの教育活動や研究の数は増加の傾向にあり(林・後藤, 2024)、これはデザイン人材とそれ以外の非デザイン人材という二項対立から、デザイン人材が持っているとされる知識、スキル、能力が発揮されてる「度合い」というスペクトラムにその関心が移行している示唆だと言えるでしょう。参考文献Cross, N. (1982). Designerly ways of knowing. Design Studies, 3(4), 221-227.Simon, H. A. (1969). The Sciences of the Artificial. MIT Press.Lawson, B. (1979). Cognitive strategies in architectural design. Ergonomics, 22(1), 59-68.Boland, R. J., & Collopy, F. (2004). Managing as designing. Stanford University Press.Manzini, E. (2015). Design, When Everybody Designs: An Introduction to Design for Social Innovation. MIT Press.Manzini, E. (2019). Politics of the everyday. Bloomsbury Publishing.青山優里・後藤智. (2023). 組織のデザイン力の測定ツールDAMの活用報告. 『デザイン科学研究,』, 2, 265-274.上平崇仁. (2020). コ・デザイン―デザインすることをみんなの手に. NTT出版.経済産業省. (2018). 高度デザイン人材育成ガイドライン. 経済産業省.林, 留里, & 後藤, 智. (2024). デザイン思考教育の課題と今後の検討. 『デザイン科学研究』, 3, 155–.166本村, 章.(2025). なぜ今、デザインが必要なのか? - 歴史的背景から流れを整理する. YUMEMI Design Serice Canvas. https://designservicecanvas.yumemi.co.jp/palatte/designerly-ways-of-knowing