昨今さまざまな企業が、デザインへの投資の一環として「デザインシステム」の構築に取り組んでいます。デザインシステムという言葉は少し難しく感じられるかもしれませんが、実際には日々の業務を円滑にするために工夫された仕組みやルールの集合体と言えます。この記事では、なぜ今、デザインが必要なのか?歴史的背景から流れを整理するで紹介したデザインの定義を踏まえつつ、デザインシステムを構成するもう一つの要素である「システム」について理解を深めていきたいと思います。「システム」は目的を持った要素の集まりであり、誰かの視点によって決まるシステム思考のデザイン実践への応用について長年の研究をしてきたヒュー・ダバリーとポール・パンガロは、システムを次のように定義しています。A system is a set of elements that someone sees as related in some way and that persists, often with a purpose and often with unforeseen outcomes (Dubberly & Pangaro, 2023, p.138).システムとは、誰かが何らかの方法で関連していると認識する要素の集合であり、しばしば目的を持ち、また予期せぬ結果を伴いながら持続する(ChatGPT o3-miniによる翻訳)。丁寧に読んでいくと、システムがどのように構成されているか分解することができると思います。誰かしら(観測者、Observer)要素と集合目的持続する(予期せぬ)結果また、この最初に出てくる「誰かしら(観測者)」に関して、彼らはまた次のように定義をしています。An observer defines a system’s boundaries within an environment. The system may seek to maintain certain relationships with its environment, for example, maintaining dynamic equilibrium in the face of ongoing disturbances; that is, it may seek “to preserve its manner of living (Dubberly & Pangaro, 2023, p.138).観察者は環境内でシステムの境界を定める。そのシステムは、環境との特定の関係を維持しようとする場合があり、たとえば、絶え間ない攪乱に直面しても動的平衡を保つよう努める。すなわち、「その生き様を守る」ことを目指すのだ(ChatGPT o3-miniによる翻訳)。ここで新しく登場する要素は「環境」です。システムは観察者の視点によって形作られますが、そのシステムはさらに広い環境という文脈の中に位置づけられています。例えば、同じ研修プログラムでも営業担当者は「成果を出す営業力向上」を目的として研修の境界線を引きますが、教育担当者はより広い視点で「社員の総合的なスキルアップ」という目的を掲げて異なる境界線を引きます。ここには、営業の目的が教育担当のより広い目的に含まれるという階層関係が存在しています。このように、一つのシステムがより大きなシステム(環境)に含まれる多層的な構造を認識することができます。後半部分については、システムの定義に登場する「持続する」という考え方をより抽象的な中で、具体的にその作用を描写した形になっています。とあるシステムが、別のシステムの中でそれぞれ持続するわけですから、ここにはシステム同士の相互作用があることも想像できるかと思います。システムの多層性は、目的ー手段の関係性と階層ごとの変化速度で考えるハーバード・サイモンによるデザインの定義を考えたとき、デザインプロセス自体は、「より好ましい状態」というゴールを実現する「手段」の探索プロセスだと捉えることができます(Simon, 1969; Dubberly & Pangaro, 2023)。これはシステムの定義に登場した要素のひとつである「目的」が、実際の業務やプロセスといったシステムの中でどのように機能するかを意識させてくれます。例えば、とある会議を考えてみてください。システムの視点から見ると、会議とは、複数人(要素)が特定のテーマについて対話を通じて合意形成(目的)を行い、その目的に対して持続しているシステムと定義できます。しかし、議論が脱線することがあります。その時、「この会議の目的は何だったか?」という問いを立て直すことで、会議というシステムは再びその目的に対して効果的な手段を探す試行錯誤を始めることが可能になります。同様に、システムには、異なる階層(レイヤー)が存在します。フューチャリストであるステューアート・ブランドは、「ペースレイヤリング」という建築という分野における建物を構成する要素の変化速度の差から着想を得た思考のフレームワークを紹介しています(Brand, 1994; Dubberly & Pangaro, 2023; 浅野, 2015)。ブランドは、1999年の著書 The Clock of the Long Now で、建物を大きく超えて、文明というシステムをこのペースレイヤリングという考え方で捉えようとしました(Brand, 1999)。例えば、新しいITツールの導入(早いレイヤー)は数か月で完了しますが、社員の働き方や組織の文化(遅いレイヤー)は数年かけて変化します。このように、変化の遅いレイヤーが早いレイヤーの土台となり、各レイヤーが相互に影響を与え合っています。他にもデザイン分野では、ジェシー・ジェームズ・ギャレットの「UXの5段階モデル(2003)」が、このペースレイヤリングを実務に応用した例と言えるでしょう。システムの多層性を意識することで、自分たちの取り組みがどのレイヤーに位置づけられるのかを明確にし、より的確なアプローチを選択できるようになります。システムの理解は、可視化から始まるシステムは、複雑で多様な要素が絡み合い、特定のパターンや結果をもらたらしています。私たちは、無意識な環境化では、システムがもたらす結果は観測できるものの、その要素や相互作用を具体的に認識することが困難です。だからこそ、デザインという領域の代名詞でもある「可視化(モデル化、ダイアグラム化)」が重要になってきます(Archer, 1979; Cross, 1982; Dubberly & Pangaro, 2023)。ステークホルダーマップやサービスブループリントに代表されるサービスデザインの手法は、まさにシステムを可視化し、プロジェクトの関係者間の共有理解を生み出し、それぞれを包括的に取り扱うことができる状態にするためのアプローチだと言えます(Sangiorgi, et al., 2017)。システムの理解は、良いデザインにつながるシステムを理解することは、デザインをより意識的に、効果的に行うための第一歩です。デザインシステムという複雑で包括的な存在を捉えるには、システム自体の本質、構造、そして動的な相互作用を明確に理解し、可視化することが重要です。観測者として自分たちがどのように境界を引き、どのレイヤーの課題に取り組もうとしているのかを認識することは、デザインを通じて生み出す価値や成果を左右します。ぜひこの記事で取り上げた「観察者」「目的」「多層性」「可視化」といった観点を日々のデザイン実践に取り入れ、デザインが持つ可能性をさらに広げていただければ幸いです。参考文献Archer, B. (1979). Design as a discipline. Design Studies, 1(1), 17–20. https://doi.org/10.1016/0142-694x(79)90023-1Brand, S. (1994). How buildings learn: What happens after they're built. Viking Press.Brand, S. (1999). The clock of the long now: Time and responsibility—The ideas behind the world's slowest computer. Basic Books.Cross, N. (1982). Designerly ways of knowing. Design Studies, 3(4), 221–227. https://doi.org/10.1016/0142-694x(82)90040-0Dubberly, H., & Pangaro, P. (2023). How might we help designers understand systems? She Ji: The Journal of Design, Economics, and Innovation, 9(2), 135–156.Garrett, J. J. (2003). The elements of user experience: User-centered design for the web. New Riders Publishing.Herbert Alexander Simon. (1969). The Sciences of the Artificial. MIT Press.Sangiorgi, D., Patrício, L., & Fisk, R. P. (2017). Designing for interdependence, participation and emergence in complex service systems. In D. Sangiorgi & A. Prendiville (Eds.), Designing for service: Key issues and new directions (pp. 49–64). Bloomsbury. https://doi.org/10.5040/9781474250160.ch-004浅野, 紀予. (2015年3月12日). 思想としてのペースレイヤリング. エクリ. https://ekrits.jp/2015/03/397/